女性インナーブランドのこと

G社さんが初めて女性用SPAビジネスをやりました。
ブランディングプラン、プロダクツ&デザインコンセプト、ショッププラン、パッケージングプランなど企画書を山ほど書きました。
梅田のヒルトンプラザのオープンにあわせてショップも立ち上がりました。
<ブランドロゴ>
gunze_intellige 梅田ヒルトンプラザSHOP
intelligeumedahilton パッケージのこと pink&gold系
intellige package pg パッケージのこと
intellige package b <パッケージ>
IL-19_0621a <ビジュアルイメージ>intellige image plan<ビジュアルイメージ>
intellige image plan2

ロゴマークのデザイン。

一見何の変哲もない小さなロゴマークたち。しかし、所有者と作り手の思いが様々に込められています。

化学/海外向有機肥料

機械/輸送


サービス/スポーツ施設
服飾/ハワイアンカジュアル

オリンピアン+パラリンピアン協働イベント

後列左から:佐藤真海、河合純一、末續慎吾、清水宏保 後列左から:岡崎朋美、橋本聖子、大日方邦子、浅田真央、太田渉子、上原大祐

TOL25周年 もっとスポーツ!もっと夢!
オリンピアンとパラリンピアンのトーク、デモ、子供たちの競技体験から構成された初めての協働イベントです。

【1】橋本会長ごあいさつ、バンクーバーオリンピック&パラリンピック報告

主 催 トータル・オリンピック・レディース会
協 力 一般社団法人 日本パラリンピアンズ協会
後 援 財団法人 日本オリンピック委員会、特定非営利活動法人 日本オリンピアンズ協会 財団法人日本障害者スポーツ協会、日本パラリンピック委員会、公益社団法人東京都障害者スポーツ協会
協 賛 株式会社アシックス 株式会社コーセー  サントリービジネスエキスパート株式会社  株式会社デサント 丸大食品株式会社 ミズノ株式会社 株式会社わかさ生活 (ご紹介五十音順)
ボランティアスタッフ派遣協力:ロート製薬株式会社
続きを読む

キャンプ・ダ・ホイ Camp da Hoy!

マイク眞木さんは多彩、多才の魅力的な兄貴です。あの紅白歌合戦に史上初めてGパンで出場、「バラが咲いた」を歌った元祖オシャレ反逆児!

当時のお堅いNHKや社会風潮からの猛反発もどこ吹く風のファッションポリシー、ライフスタンスに今更ながら敬服です。

アメリカンスタイルの装丁です。小口をハワイアンブルーに着色。ザラついた生成りの用紙にさっと文字とモノクロ写真を渡邉かをる師匠がちりばめました。幼少期からのボーイスカウト、スキー、ラグビー、アメフトなどを踏まえたスポーツ正統派でありながら、ブーム以前のアウトドアスポーツ歴の数々、元祖手作り国産キャンピングカー、元祖サーフィン、元祖フリースタイルスキー、元祖アメ車4WDフリーク、大型キャンピングカーライフ・・・メキシコの過酷なデザートレースの親子出場、ログキャビン建築、モトクロス場運営などなどディープでワイドな活動、で、絵も凄くうまい。当然、作詞作曲、歌もうまい。日本の芸能界には収まりきれなかった本当のタレントでしょう。

(ハワイのキャンプガイドではなく「オトコのスタンス」をつぶやいた一冊でしょう。)
キャンプ・ダ・ホイ Camp da Hoy!マイク流。たのしいキャンピングガイド

(子供たちの成長とともに、オレ流のキャンプガイド、人生はアウトドアライフのようなものだよ・・が自然に完成したのかもしれません。)

キャンプ・ダ・ホイ Camp da Hoy!

マイク流。たのしいキャンピングガイド

題名はキャンプソングの定番でもあります。 マイク眞木流「アウトドアHOW TO BOOK」は、とてもユニークな一冊。マイク居住のHawaiiのOafu、Kailuaを拠点に島内のキャンプグラウンド、ビーチを巡りながらの軽妙で味わい深いHOW TO コメントは必読。 著者:マイク眞木 企画:金光貞幸、デザイン:渡辺かをる、構成編集:IGF 出版協賛:リョービ 取材地:Hawaii 単行本: 211ページ、出版社: センチュリー、ISBN-10: 4915966186、ISBN-13: 978-491596618

 

リー・アイアコッカ氏、EVとの出会い

(リー・アイアコッカ氏とベルエア自宅中庭にて)
次世代ライフスタイルに大きな影響を与える「地球環境を保全しながら、個人が自由に移動できる、質量及び経済的にもエネルギー負荷が軽微、操作も簡便な乗り物」の導入についてプロデュースします。
その機会はアメリカ自動車産業界の伝説的経営者、リー・アイアコッカ氏との出会いから始まりました。「社会的に肯定される個人的なかしこい移動手段」の成立という明快なテーマはロサンゼルスのベルエアにある彼の自宅でのディスカッションで生まれました。
10代からロッキーの山々にも挑み、長じて太平洋、大西洋、そしてカリブ海のクジラ、イルカたちと泳ぎながら地球、自然の豊かな恩恵を実感する一方で、モーターサイクルに魅せられ、自らの意志でどこまでも移動していけるモータリゼーション文化の恩恵にもあずかってきた金光貞幸にとっては、課題である”環境保全と経済伸長”の実現へとつながる可能性もあります。
実際に自ら長期にわたりテストライディングした結果、EVの最大の課題は高性能実用バッテリーの開発という非常に高度な化学の領域にあります。

女性オリンピアン会報誌「TOLだより」編集制作

「TOLだより28号」

表紙のこと/テーマ「先輩+後輩」、今回はスピードスケートです。
先輩は長久保 初枝さん (ながくぼ はつえ)+後輩は岡崎 朋美 さん(おかざき ともみ)
TOLだよりの表紙を先輩オリンピアン、後輩オリンピアンが共に飾るシリーズです。
先輩の情熱が、後輩に脈々と受継がれていくことを願いデザインしました。

【CONTENTS】
TOL会について 表2
Photo Reports TOL オリンピアン賞 2012 ……p1
Photo Reports TOL フォーラム 2012 ……p2
Photo Reports Yoshimi’s Cafe、突撃レポート ……p3
Photo Reports おしゃべりサロン、体験教室 ……p4
ごあいさつ TOL会会長 村山 よしみ ……p7
Yoshimi’s Cafe 会長対談 岸本 健 スポーツカメラマン……p 12
突撃レポート 女子レスリングナショナルチーム&友寄美江子、高柳裕子……p 20
おしゃべりサロン  鈴木 明子&佐野智恵子フィギュアスケート ……p28
冬季五輪備忘録  「小さなスケーター 稲田悦子 」文:金光貞幸 ……p 36
ソチ五輪全競技種目大会日程 ……p40
「ソチにむけて」 橋本 聖子 ……p42
TOLらんど/今なにしてる? ……p45
幹事紹介/ひとこと ……p50
TOLフォーラム2012レポート ……p52
トークゲスト:三宅 義行、三宅 宏実、村田 諒太、秋山 里奈
ナビゲーター: 増田明美
オリンピアンズネット
東 政代(競泳)……p 64
伊佐 咲子(体操)……p 66
家根谷 依里(スノーボード)……p 68
原田 早穂(シンクロナイズドスイミング)……p 70
「TOL体験教室」体験記 フェンシング ……p72
「先輩・後輩」表紙の人 ……p76
フォーラム2013と総会のご案内 ……p78
事務局レポート……p 79
2012年度TOL会事業報告 ……p80
第28回総会レポート……p 81
会則……p 82
編集後記 ……p84
近代オリンピック開催地一覧 表3

広告料金:カラーページ1p:10万円、モノクロ1p:5万円、モノクロ1/2p:3万 円

記事作成

冬季五輪備忘録
永遠の敬意をこめて 「小さなスケーター」
初めて冬季大会に出場した日本女子選手のこと
文・金光貞幸

TOL28_38p_39p_ol

いよいよ第22回ソチオリンピックです。今回はソチに挑む女子オリンピアンたちが忘れてはならない冬季五輪の先人、1人の日本人少女のことをメモしておきます。

多くの日本人が冬のオリンピックの魅力を初めて知ったキッカケはアジア地域で初めて開催された1972年の札幌大会ではないでしょうか。
トワ・エ・モワが歌うテーマ曲「虹と雪のバラード」の美しい歌声とメロディが日本列島中に溢れ、誰もが口ずさめるような状態。カラーテレビが普及したお茶の間、家族団らんのひと時に届く粉雪の舞う大倉山ジャンプ台の清々しさ、白銀に輝く手稲山の峻厳なスロープ、果敢に競う日本人選手の雄姿をとらえる映像の数々。
そしてジャネット・リンを代表とする魅力的な海外オリンピアンの活躍と高い競技レベル。 そのなかでも、世界、そして国民が驚きの声をあげたスキージャンプ70m級の笠谷幸生選手、金野昭次選手、青地清二選手の日の丸飛行隊による金・銀・銅メダルの独占という壮挙。この瞬間から日本は冬季大会を夏季大会と同等に見做し、冬季オリンピアンに対する評価もこのタイミングから変わっていったようです。

札幌での栄光の瞬間から遡ること36年前、日本女性が冬季大会に参加を果たしたのは1936年の第4回大会、ドイツで開催されたガルミッシュ・パルテンキルヘンオリンピックでした。  この大会に1人の大阪の12歳の少女が初の冬季五輪日本代表女子選手として参加します。  小さなスケートシューズを抱え、パリで縫い上げたジャケットに小さな身体を包み、日の丸の刺繍を胸につけて。

稲田悦子はナチスドイツが支配するドイツにフィギュアスケート日本代表として乗り込みました。 可憐な演技の結果は10位、日本男子の最高位は片山敏一選手(関西学院)の15位でした。当時の世界女王は稲田選手の演技を見て「将来、スケート界を代表する選手」と高い評価をしました。
期待が高まる次回の冬季五輪は4年後の第5回大会、奇しくも母国、札幌オリンピックでした。メダル獲得を有望視されていましたが戦争の影響で日本が開催権を返上し無念の中止となってしまいます。長い戦争の時代、敗戦の窮乏と混乱。選手としてのピークを過ぎ、稲田悦子はオリンピックへ再度の挑戦の機会を失ってしまいます。

その後、30年余の歳月を経て冒頭のように札幌大会は再び復活し、日本国民へ冬季大会、そして冬季オリンピアン達の鮮烈な印象を遺すことになります。
戦後、現役を引退した彼女は多くの優秀なスケーターを育て、オリンピックへと送りだしました。 ある時、彼女は新聞にこんなコメントをしました。

「五輪は参加することに意義があるなんてうそ。本番のたった一回のチャンスに成功し、一位にならなくちゃ」

女性スポーツ、冬季オリンピアンへの理解が低い戦前戦後、フィギュアスケートのパイオニアとして先陣を切り、様々な経験を経た彼女だから、そして女性として素直に生き抜いた彼女だからこそ公言し、また素直に頷ける金言です。

前回バンクーバーで94名の選手団を率いた団長は橋本聖子、開会式旗手に岡崎朋美、閉会式旗手は浅田真央。70年余前に1人の日本人少女が初めて滑り出した冬季五輪への挑戦は、戦争と混乱、戦後の永い時を経て大きく育まれています。
さぁ、ソチを応援しましょう。

(トータル・オリンピック・レディース会年会報 TOLだより28号蔵  文・デザイン金光貞幸 )

TOL28_40p_ol
小さなスケーターは偉大なスケーターでした。
主人公:稲田 悦子(いなだ えつこ)
1924年2月8日生れ、 2003年7月8日逝去。 大阪府出身。大阪菅南小学校6年生時に出場。梅花高等女学校卒業。 フィギュアスケート・女子シングル 冬季大会日本女子選手として初出場する。第4回オリンピック冬季競技大会1936年ガルミッシュ・パルテンキルヘン大会日本代表。日本人として最年少オリンピアン。第二次世界大戦前後の全日本選手権7回優勝、女子フィギュアスケートのパイオニアとして活躍する。引退後は指導者として活動。